いわゆるモンスターペアレント(ヘリコプターペアレント)、というのは、背景となる社会情勢や個人の資質ももちろんですが、直接的にはコミュニケーション不全の中で、作られていくものと、私たちは考えています。
そもそも、モンスターという言い方自体が、「理解し得ない怪物」というニュアンスを持っており、保護者がなぜそうなってしまうのか、理解を拒否している側面があります。本当に理解しなければ「怪物」ですが、理解すれば別の姿が見えてきます。
確かに、ほとんどの保護者は「わが子がかわいい」ため、「親ばか」になる部分があります。その結果、多少度が行過ぎることもあります。しかし、それは従来もあったことですし、厄介なことではあっても、通常は理解しうる範囲です。それを超えたモンスターペアレントと呼ばれてしまうような、教職員から見て理不尽な要求をする保護者の心理と基本的な考え方を述べます。
最近の親は未熟だとか、忍耐力がない、と理由付けをして溜飲を下げたところで、問題は解決しません。
理不尽な要求は断固拒否すべきだというのは正論ですが、拒否されて納得する人はいません。要求を呑むことが適切でないからこそ、理不尽な要求なのですから、要求を呑むことは解決にはなりません。かといって、拒否すれば問題が解決するわけでもありません。
一昔前なら、拒否されれば引き下がったかもしれません。それは、納得して引き下がった人もいたでしょうが、一部の人は我慢させられていただけなのです。その我慢させられて人たちが「どんな手段を使っても、もう泣き寝入りはしない」と主張し始めた、それこそが問題の本質です。確かに、主張の仕方や要求内容に問題はありますが、その本質を見落とすと対応を間違えることになります。
だからこそ、従来型の説得して納得(当事者からすれば我慢)してもらうやり方では、出口が見つからないのです。また、要求を呑んでも、拒否しても次の問題が発生しますから、要求にどう対処するかを考える限り、問題の出口が見つかることはありません。
そもそも、自分の主張がおかしいとうすうすわかっていても、それを拒否されれば反発心が発生するのは当然です。反発心はより強い、よりエキセントリックな、より独善的な主張をもたらします。それはなおさら受け入れにくいため、より強く拒否されることになります。その悪循環の中で、お互い引っ込みがつかない心理が発生してしまいます。身近な例で言えば、喧嘩でエキサイトすると「売り言葉」に「買い言葉」で言葉がエスカレートしてしまうのと同じです。それこそが、モンスターに変身してしまう心理です。従来は、そうしたことは社会的場面では起こりにくかったのが、普通に起こるようになったということです。
最初にモンスターになるのは、とても勇気がいることですが、一度それで成功体験をすると、現実的なメリットがありますから、心理学でいいう学習が成立します。つまり、同じようなシチュエーションで同じタイプの行動をしやすくなるのです。
いったん学習が成立すると、うまくいかないとき、モンスターになりやすくなるだけでなく、自分の(不当な)要求を拒否されたときにも、より強いモンスターになることでその状況に対応しようとするようになってしまうのです。
モンスターといわれるような、行動を示す保護者も基本的には(場合によっては建前的には)、子どものためになさっているわけです。先生方もまた、児童・生徒のために働いていらっしゃいます。ここに適切なコミュニケーションがなされないで、反目・反発でことが進んでいくのは、学校にとっても、先生にとっても、保護者にとっても、そして何よりも児童・生徒のためによくないことは、みながわかっていることです。
モンスターペアレントも生まれたときからモンスターであったわけではありません。それを学習したメカニズムがわかれば、保護者をモンスターにしない方法、なりそうになっても常識ある保護者に戻す方法も見えてきます。